おじゃまします!手づくり市出展者さま Vol.42「irohan kyoto」

母方がアート関連に従事し、父は海外が大好き。
この環境の下で育ち、小さなときから絵を描くことが好きで、高校から美術系へと
進まれたのが、今回おじゃましました「irohan kyoto」の吉田純さん。
この後、海外留学をされArtの道へと向かわれますが… …
色々なことが待ち受けておられました。早速、お話を伺いたいと思います。

Q: 屋号の irohan Kyoto の意味を
 教えていただけますか?

「僕は、
 人はそれぞれが持たれている色があると思っていまして、
 それを京都のはんなり文化に沿って
 はんなりに表現していきたいと考えました。
 <色>・<はんなり>・<京都>
 これらをまとめて名づけました。」

Q: 小さな時からアートに関心があったのですか?

「母方の実家がアート関連の仕事をしていたので
 絵を習ったりしていました。
 父方の実家は海外旅行が好きで、
 小さな時から一緒に連れて行ってもらうこともあり、
 僕も絵を描くことが好きでしたから
 珍しい外国の風景を描いたり、小さいながら
 建物や車のデザインにも興味をもち、
 これを海外でやってみたい夢をもったのですね。

 ですから高校も普通の高校ではなく、高校の単位は
 取れるけど英語と美術の勉強だけみたいな
 美術専門の学校へ行きました。」

Q: どこへ留学されたのですか?

「特にカラーリングの勉強をしたかったので、
 アブストラクトアートを学ぼうと思い
 シアトルへ行きました。
 でも現実は、
 最初の1年はアートの勉強よりも
 英語だけでボコボコにされました(笑)。」

Q: どれくらい行かれていたのですか?

「4年半くらいですね。」

Q: 何故日本に戻られたのですか?

「留学中に父親が脳梗塞と心筋梗塞で倒れた
 との連絡が入り、帰国しないと後悔が残ると
 思い帰国しました。
 でも、お陰様で
 今は回復して元気ですけどもね(笑)。」

Q: 戻られてからirohan Kyotoを始められたのですか?

「いえ、親の仕事の絡みから親孝行のつもりで
 帰国10日後にサラリーマンになりました。

 ですけど、
 何でも頑張る方なのですが
 会社の方針と自分の想いが重ならず、
 1年半で退社しました。

 またこの前後に、
 自分でも気付かず色々と天狗になっていた時期もあり、
 友達が離れていき、色々と人の繋がりや社会勉強をしました。

 でも、どちらかと言えば僕は前向き人間なので
 この経緯から
 やはり物創りの道へ進もうと、キャンバスから布に、
 筆をミシンやマウスに持ち替え可能性を求めて
 バッグ創りに移行していきました。」

Q: irohanさんの商品は
 パパが似合うがテーマだそうですが、
 イクメンについて教えて下さい。」

「僕も2児の父親なので閃いたのですが、
 母親がもつ子育てのバッグはあるけど
 父親の持つ道具を入れるバッグがないと思い、
 パパが持っても似合う
 イクメン用のバッグを扱っています。

 父親が楽しんで子育て出来るアイテムになっています。」

Q: お店に来られるお客さんに特徴はありますか?

「お客さんの半分は外国の方ですね、
 それで後の半分は最近は観光客の方です。
 でも僕が接客すると売れませんね、
 怖く見えるのか帰られてしまいます(笑)。
 でも、妻が接客すると買われていくのですけどね。」

Q: これからの目標はなんですか?

「次世代のこどもたちを自由な発想が出来る
 環境の中で育てたいですね。
 アート教室を開いて6年目になりますが、
 子どもの描いている絵を通して親御さんと
 子どもの会話をしたりしています。

 日本ではマニュアル、絵を描くキッドを用意して
 教室を開くことが多いので、
 自由な発想が出来ない、
 発想が豊かにならないのではないかと思います。

 この目標に向かう資金つくりのため、
 人に喜ばれるものをつくり販売をしていくことが
 今の目標ですね。」

諸事情により irohan Kyoto さんのホームページは制作中ですが、
出来上がったら是非ご覧下さり、たくさん御意見、ご要望をお伝えください。

吉田さん、ホームページが出来上がるのを楽しみにしています!

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