おじゃまします!手づくり市出展者さま Vol.31「タウの木」

「タウの木」中村ヨウイチさんの工房は、少し歩くと奈良市へ入れる京都と奈良の県境にありました。
ヨウイチさんは全く生活感の感じられない雰囲気をもった方で、市でも謎多き方なのですが
今回の取材で少しでもその素顔を感じられれば…と思いつつ取材は始まりました。

Q: 中村さんのプロフィールを見させていただくと、
1991年にメキシコのタスコに渡り彫金を習い始める
とありますが、なぜメキシコまで行かれたのですか?

「僕の父が絵描きでして、海外に取材旅行へ行っていました。
メキシコへ行ったときに彫金をしている方と知り合いになり、
そこで僕をメキシコで彫金修行をさせないかと言う話がおこり、
大学卒業の年の夏休みに呼ばれ
メキシコへ物見遊山で行ったのです。」

Q: 彫金が好きだったのですか?

「いいえ、僕の家族は絵描き一家でしたので、
若さ故の反発心からかサラリーマンになろうとしていて、
就職の内定も決まっていたのです。」

Q: それがなぜ?

「メキシコの人達の人柄と空気が自分にあったのでしょう。
内定をお断りしてメキシコへ行きました。
後からの話なのですが、
両親は僕がサラリーマンになることに
不安を感じていたそうです。(笑)」

Q: もともとは作ることが好きだったのですか?

「はい、好きでしたね。」

Q: 余談ですが辛い料理が合わず帰国された人を
知っているのですが、大丈夫でしたか?

「全く問題なかったですね(笑)」

Q: 帰国されたのは?

「姉の結婚が契機でした。
メキシコで基礎を仕込まれたので、
日本での技術を身に着けこれで生活をしようと決めて戻りました。」

 

Q: 手づくり市に出展されたころは「mano a mano」という屋号だったと思うのですが、
今年になって「タウの木」に変えられたのは何故ですか?

「特別に変えたいという気持ちはなかったのですが、不思議な縁で身内の「一木一草あるがままに」の言葉と、
「タウの島」という絵本と重なり合うように出会ったのです。
タウの島には島の人々が集うタウの木があって心のよりどころになっていたのです。
調べたら『タウ』はヘブライ語で命・感謝の意味なのですね、自然に導かれたように
『これだ!』と感じられて改名までに至りました。」

 

Q: 作品の素材にシルバーと真鍮とがありますが
作る上での違いを教えてください。

「作りやすさはシルバーです。
ですから真鍮は最初のころは手を出さずにいました。
しかし思い切ったことは真鍮が向いているので、
手強いながらも闘っています。」

Q: アクセサリーの手入れの仕方も教えてもらえますか?

「なるべく使っていただくことが一番なのですが、
シルバーは重層を水につけた歯ブラシで磨いて
いただけば結構です。
真鍮はお酢に少量の塩を入れてつけてください。」

Q: ありがとうございます、是非そうしてみます。
中村さんが新作構想の時、
スランプからの脱却を図ろうとする時などは、
どんな方法をとられてきたのですか?

「最初のころ、手づくり市に出展する前は
色々と考えこんで作っていました。
それが次第に、自然と勝手に手や頭が動きだし、
作品を生んでいくようになっていったのです。
ですから偶然に出来上がる…、
何かに作らされているような感覚になったりもしました。」

Q: 手づくり市へ出展されての感想を聞かせて下さい。

「使っていただくお客さんとのやりとりが役にたっています。
また認められることによって人の輪が大きくなり、
それがこの先の湧き出るものに繋がっていったりもします。
作風が育ち、自然体でつくれることへの影響力は、
きっと人とのふれあいだと思いますね。」

Q: 中村さんの夢はなんですか?

「市でも外国の方が買われることがありますが、海外で認められるものを作りたいですね。
作品が海を渡り拡がって外国で使われることに、喜び、夢を感じます。」

<御紹介>

掴み所がない自然体の中村さんを支える
奥さまはどんな方なのかが話題となっていました。
奥様の中村いづみさんに少しだけお話をうかがうと、
ご主人とは正反対の性格だそうで、
電極の+とーの間柄だそうです。(笑)

「そしてお子様は?」の問いには
「少しは謎のままで…」と、
さすが仲睦まじいご夫婦と感じいりました。

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