おじゃまします!手づくり市出展者さま Vol.26「めい☆せい」

「めい☆せい」の宮崎さんが最初についた職業は、
 なんと寿司職人でした。
10年間修行し、自分のお店を出そうとしましたが
資金が足りず、これは『無理をして店を持つな!』
という思し召しかもしれないと考え
サラリーマンの道を選択します。 しかし、
今度は20年もの間勤め上げた会社が突然倒産、
第三の道の選択を迫られました。

そうして、一家の大黒柱である宮崎さんが
出した答えが、ステンドグラスへの道
「めい☆せい」の設立なのでした。 。

Q: このとき奥さんはどう思われましたか?

(宮崎潔子さん*奥様)
「それはもう不安で一杯でした、ステンドグラスは
女性の方の趣味の世界との考えがありましたからね。
(笑)本当にそれで食べていけるのかと思いましたから、
『とにかく食べさせて』とだけ言いましたね。」

Q: それまで作られたことはあったのですか?

「会社では制作の現場にいましたし、
手先は器用な方で作ることは好きでしたね。
しかし、もちろん不安もありましたよ。」

Q: はじめられてどの位になりますか?

「最初は梅小路に出てからですから、
7年位だと思います。」

Q: 出展されてどうでしたか?

「売れる話を聞いていたので少し期待をして
いましたが、最初に売れたのは2千円でした。
それで、この仕事で1万円売れたら凄いことだ
と思いましたよ。」

Q: ステンドグラスはどちらかで学ばれたのですか?

「いえ、全て我流、独学です。」

Q: え、そうなのですか。それ以後はどうなされたのですか?

「出展しながら色々とお客さんの声を聞き、親しくなった出展者の仲間の方々の意見を取り入れながら
売れる商品を模索しましたね。
僕は、ステンドグラス作家志望ではなく食べるために作らなければなりません。
だから、みなさんが楽しめ『こんなものが欲しい!』と思えるもの、売れるものを生み出さなければ
なりません。時代に乗遅れないことをも含めて思考を意識して変えていきましたよ。」

Q: その中で生まれたのが昆虫シリーズですか?

 

「そうですね。(笑)
今は娘(小屋治子さん)と一緒に作っているのですが、
彼女は作品をかわいく作ります。
それと配色の感性が豊かで、より新しい作品へと
進化をさせてくれています。」

Q: 宮崎さんは何を作っておられる時が
一番たのしいですか?

「楽しい…
いや、全く楽しくなく苦痛ですね。
作る工程の中ではその連続、もちろん出来上がり
の嬉しさはありますけどね。」

Q: 作品の色が独特と感じるのですが?

「僕は色の組み合わせは色んな本を見て
学んでいますが、娘には時々それでは売れない
と注意されたりしていますがね。(笑)」

Q: どんな色がお好きなのですか?

「僕はブルーで、娘は水色なのかな。」

(奥様)
「主人は残った素材から色々と作るものを考えますが、娘はデザインから作品をつくりますね。」

「二人は対照的ですが、それが めい☆せい の幅を広げているんでしょうね。」

Q: 市にも若い方々が増えていますよね。

「そうですね。
最近は市で売れた売れないの話を聞くことも
多々ありますが、僕は売れない日はないと
思っています。考え方を変えて思考すれば
絶対に売れると思っています。
『初日売上2千円』
が原点ですから売れない日はないですね。」

Q: 奥様は一緒に出られているのですか?

(奥様)
「私はただ売る手伝いをしているだけです。
娘に子どもがいるので出られない時間の
穴埋めをしてるようなものですよ。」

「もう私も孫をもつ年になりましたぁ!」

そう言って、幸せそうに笑った宮崎さんは今年で54歳だそうです。
まだまだお若いのですから、これからも虫シリーズに続く、
「めい☆せい」ならではの色々なガラス細工のシリーズを期待してお待ちしています。

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